「《パスワードがちがいます》」
…私にとって、夢でうなされるほどに恐ろしい言葉です。
様々な事がスマホやパソコンで行える便利な時代ですが、最初に設定したパスワードを忘れてしまうともう最後…。スマホに向かってどれだけ「私です!ほら!本人です!」と主張しても、それをコンピューターは容赦しません。
自分が自分である証明とは何でしょう。これは哲学的な話しでも、自分で決めたのに思い出せないパスワードの話しでもありません。
実は「私」を証明するカギは、「私」の中にはありません。自己中心で、不確かで、すぐに方向を変えるものはカギ足りえないからです。
「私」を証明するものは、「私のために、いのちを差し出されたお方がいる」という確固たる事実、「イエス様」のみです。
「私はイエス様が生ける神の子キリストであることを信じます!」→「(救いの)《ロックが解除されました》」
…今度こそ、どこかにメモしておきましょうね。