通勤の車の中で、ラジオから子供の躾(しつけ)に対するお悩み相談が流れてきました。
本来「しつけ」という言葉は、着物を仕立てる際に布同士を仮縫いしておく「仕付け糸」が由来なのだそうです。
仕付け糸は、着物の仕上がりを美しくするために、着物が出来上がるまでの補助となり、そして完成の際には取り去られてしまいます。
天の父が、子とされた私達を試練の中で「仕付け」てくださるのは、完成に向かう私達の助けのためであり、イエス様の十字架は、そのいのちが取り去られてしまうことを覚悟の上で、神と私達を縫い合わせてくださるためのものでした。
そして今週も神の「躾」を受ける私達は、この漢字があらわすように、身なりが美しいものへ変えられて行くのです。
これが主からの品性であり、希望です。
ラジオの回答は「時に厳しく!しかし愛を持って!」でした。
「…確かに。」とニヤけてしまいました。