幼い頃から、私にとって「クリスマス」という言葉は、「年末の忙しさ」の代名詞でした。
私の父や母、そしてやがて大人になった私も、常に「裏方(スタッフ)」側ですので、忙しいのは当然ですし、それに対して何の不満もありません。
使命感もやり甲斐も感じていました。
ただ、正直な事を言わせて頂きますと、実はこれだけ「イエス様のご降誕を待ち望み(楽しみ)ましょう!」と語りながら、私自身の中に、「待ち望んで(楽しみにして)いる場合じゃない!」という思いがあったこともまた事実です。
… ここ数年。別に忙しさが緩和された訳でも、私の器が大きくなった訳でも何でもございませんが、実は本気でクリスマスが楽しみです(笑)。
「イエス様が私のためにお生まれになった喜び」が土台で、その上にそれぞれの役割や忙しさがあるということに、今更ながら気付かせて頂けたからです。
♪主は天降(あも)りませり♪
もう今年なんて、動画を編集しながら、このたった1行で心底ワクワクしている自分がおります。
…楽しみだなぁ。