甲乙つけられない尊さ

頂き物の「たらこ」と「すじこ」。私の左手の茶碗には、真っ白な炊きたてご飯。

この贅沢な「ご飯のお供2トップ」を前に、冷静さを欠いた私は考えます。

「たらこは、ご飯はもちろん、麺でもパンでも、生でも焼いても、和でも洋でも、空気を読んで器用に合わせることができる。なんと素晴らしい!」

「すじこは、炊きたてご飯にのせる以外のメニューが1つも思い浮かばないが、ご飯との相性は、他の追随を許さない!(あくまで個人の感想です)まさに最高だ!」

どちらも私の大好物です。どちらかに絞るなど、私には到底できません。

…ふと、私はここに、人間に恵みの賜物を与えし神の心情を見た気がしました。

神様は、私を高価で尊いと言われる。それはつまり、比較して甲乙などつけられない。

どちらもそれぞれ大好きだ!…ということ?

大好物を前に、おかしな妄想に拍車がかかります。

しかし、食べ終わり、落ち着いてから考えましても、あながち外していないのでは、という気がしてなりません。

…いかがでしょう?