良い・悪い の判断

禅語の一つに「日々是好日」(にちにちこれこうにち)という言葉があります。

私達は、日々様々な出来事に出会います。嬉しいことも悲しいことも起こります。
この「今日起こった出来事」を「昨日までの出来事」と比べない。
「良い」「悪い」の判断から解放されれば、人生には「良い日」しかありませんよ。

…というのが、この「日々是好日」という言葉の意味です。
「なるほど!」と同時に、「…それができたら苦労はない」 も正直ございます。

ところが私達は、「良い・悪い の判断を『主』に委ねる」 という裏技によって、なんとこれが実現可能なのです。 

“空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。
それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。
あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。(マタイ6:26)”

ちなみに「禅」とは、「自分の真実を探すこと」なのだそうです。

私達の真実は、天地を造られた神にあります。
なんという自由でしょう。

それこそ「空の鳥」のようです。