今日という日

みなさん、毎月22日は「ショートケーキの日」です。なぜ毎月?
カレンダーをご覧ください。必ず上に15(イチゴ)が乗っているからです。

…と、このように。

私が「今日は何の日?」を話題にし始める時、それはネタに困っている証拠です。

感謝と喜びも、驚きの恵みも、日々主から与えられているにもかかわらず、それが「当たり前」となってしまい、言うに事を欠いて「話題がない」などと言えてしまう。

これを「喜びの放棄」「信仰の怠慢」と言わずして何と言いましょう。

“今日は、私たちの主にとって聖なる日である。悲しんではならない。主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。(ネヘミヤ8:10)

今日は主の特別な日。明日は主の最高な日、明後日は主のとっておきの日…。
日々恵みの喜び。聖なる日です。

主の眼差しにもっと心を傾け、敏感でありたい、良きリアクションで生きたいと願います。

…さあ、これでしばらく「今日は何の日」は使えませんよ。